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日本の温泉100選

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指宿温泉★鹿児島県

「にっぽんの温泉100選」

3 指宿温泉 鹿児島(いぶすき温泉)

指宿温泉(いぶすきおんせん)は、鹿児島県指宿市東部(旧国薩摩国)にある摺ヶ浜温泉(砂むしで有名)、弥次ヶ湯温泉、二月田温泉などの温泉群の総称。




指宿温泉 指宿ロイヤルホテル
“海の風”を感じるならやっぱり最南端の指宿へ 海の温泉地指宿!天然砂風呂に入って!・・大満足!




指宿温泉 指宿いわさきホテル
三世代同時に楽しめる本格的温泉リゾートホテルです。




指宿温泉 指宿白水館
ゆったりとした松の庭園 元禄風呂・砂むし温泉 雅の宿




指宿温泉 指宿フェニックスホテル
庭園には四季を問わず南国の花が咲き乱れております




指宿温泉 休暇村 指宿(いぶすき)
温泉の湧く南国パラダイスリラックスリゾート。休暇村オリジナル「びわの葉入り砂むし温泉」も大好評



温泉情報
所在地 鹿児島県指宿市東部
交通アクセス JR鹿児島中央駅から指宿枕崎線で約1時間。鹿児島空港から直行バスで約1時間35分
泉質 塩化物泉(ナトリウム)
泉温 82 °C
湧出量 12万トン(/日)

温泉街
特に砂むしで有名な摺ヶ浜付近に大規模な宿泊施設が集中している。


歴史
「指宿」の名称は「湯豊宿」に由来すると言われているが別の説もある。江戸時代以前は高温の温泉や噴気口が点在する湿原であり危険な場所とされていたが、麻の加熱処理や炊事用、浴用として古くから利用されていた。江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』にも多くの温泉が紹介されている。

明治以前は自然に湧出する泉源を利用するのみであったが、地面を数m掘削することにより容易に温泉が得られることから広範囲にわたって開発が進められた。特に1919年(大正8年)頃から1955年(昭和30年)頃にかけて温泉熱を農業や製塩に利用するために地下から大量の湯がくみ上げられ、古くから使われている泉源の枯渇や温度低下などの問題が多発した。このため新たな温泉源の探索が行われ、1957年(昭和32年)に地下200-300mの新たな温泉地層が発見され利用されるようになった。1964年(昭和39年)以降、温泉の製塩への利用は禁止されているが、農業や魚の養殖への利用は現在も行われている。

高度経済成長以降、大規模なホテルが建設されるなど観光地としての開発が進み、日本国内および海外から多くの観光客が訪れるようになった。1982年(昭和57年)から毎年1月の第2日曜日に指宿温泉マラソン(1984年からいぶすき菜の花マラソン)が開催されるようになり、毎年1万人以上の参加者を集めている。
ウィキペディアより

湯布院温泉★大分県

「にっぽんの温泉100選」

4 湯布院温泉 大分

由布院温泉(ゆふいんおんせん)は、大分県由布市湯布院町(旧国豊後国)にある温泉。すぐそばに聳える由布岳(火山:標高1,584m)の恵みを受けた豊富な湯量を誇る。




由布院温泉 ゆふいん山水館
100周年を迎える由布院きっての老舗旅館。ゆふいん麦酒、自家製のパン工房などグルメにこだわる宿です。




由布院温泉 旅館光の家
豊後牛のステーキは最高です。きじ鍋もどうぞ。




由布院温泉 ゆふいんホテル秀峰館
由布院駅より車で3分。湯布院インターより車で10分とアクセス良好。由布院盆地の中央部にあります。




由布院温泉 旅荘きくや
由布岳が眺められる静かなる高台のお宿




由布院温泉 民宿/山荘霧の里
静かな田園の中のお宿で、全室から四季の由布山や由布院盆地が一望できます。家族露天風呂もございます。




温泉情報
所在地 大分県由布市湯布院町
交通アクセス 詳しくはアクセスの項を参照のこと
泉質 単純温泉
湧出量 38,600L(毎分)

温泉街
由布院駅から温泉街の方向に延びる通称「由布見通り」や、そこから金鱗湖(きんりんこ)に続く「湯の坪街道」(ゆのつぼかいどう)には、しゃれた雑貨屋やレストランが並び、周辺には各種の美術館が点在する。この付近は近年商店の出店が激しく、2006年1月現在のこの近辺の地価は、人口10万人以上の大分市・別府市に次いで、大分県内で3番目となっている。このことからも温泉街のにぎわいの様子が見て取れる。

各宿泊施設はにぎやかな町並みから外れた周辺の川端や林の間、丘の上などに点在している。湯量が豊富で広い範囲で湯が湧くため、旅館が一箇所に集積する必要が少なかったことから、一軒の敷地も比較的広く、町の造りはゆったりとしている。しかも開発規制により高層の巨大旅館・ホテルもなく、田園的な名残を残している。なお、ネオンサインの煌く歓楽街は無い。また、このような町の雰囲気に合った、由布院玉の湯、亀の井別荘、山荘無量塔をはじめとする高級旅館が多い。

このような特徴から、由布院温泉は、数多くの調査で九州の温泉の第1位に選ばれている [1] [2] [3] 。連休には多くの人が訪れ、湯の壺街道には人があふれる。昭和の大規模温泉街に多く見られた歓楽性を極力排しており、女性に特に人気が高い。逆に、そうした客層を目当てに旧湯布院町や大分県の外から、観光・土産物業者などが入り込み、雰囲気を損なっている負の面を指摘する声もある。

歴史
もともとは別府十湯の一つに数えられていたが、大正時代の行政区画の変更により塚原温泉とともに別府十湯から外れた。その結果、別府温泉は現在の別府八湯の形となった。現在でも、由布院温泉は「別府の奥座敷」とも言われる。

2004年に発生した温泉偽装問題では、源泉利用許可を取っていない旅館および源泉の無断開発を行った旅館があったと報じられた。

「由布院」と「湯布院」 [編集]
この温泉の本来の名称は「由布院温泉」である。「湯布院」という名称は、1955年(昭和30年)の昭和の大合併の折に、旧湯平村と旧由布院町が合併した際に作られた町名である。それ以来、ともすると温泉名も「湯布院温泉」と書かれることが多くなった。しかし、実際には湯布院町内(現在は由布市湯布院町)には「湯布院温泉」という名の温泉は存在しない(湯布院町内にあるのは、由布院温泉、湯平温泉、塚原温泉という各々別個の温泉である。)。

厳密な表記を期すならば、湯平温泉を含む場合は「湯布院」、含まない場合は「由布院」である。しかし、現在、一般に流布している観光パンフレット等では、「由布院」を意味する場合に「湯布院」の表記が用いられることが多い。また、雑誌などの特集でも「湯布院温泉」という名を用いていても、そこで取り上げられているのは湯平温泉を含まない由布院温泉のみであることが多い。さらに、由布院温泉内にも「由布院」ではなく、旧町名の「湯布院」を冠している宿泊施設が存在する。 さらに、毎春おこなわれる「湯布院温泉祭り」は、由布院のみにおける催しであって、湯平では別に「湯平温泉祭り」が行われているにもかかわらず、「湯布院」という名が用いられている。


このような名称をめぐる混乱については、1959年(昭和34年)5月4日に、由布院温泉が湯平温泉とともに国民保養温泉地に指定された際の名称が、湯布院町の温泉という意で「湯布院温泉」とされたことが、「湯布院温泉」の表記を浸透を加速させることになったという説がある。しかしながら、それはきっかけの一つに過ぎず、「由布院」と「湯布院」との混同、すり替えをただすべき機会はたくさんあったにもかかわらず、正確な使い分けがなされてこなかったのが実際のところである。

また、旅行代理店における案内パンフレットや観光ガイドでは湯布院温泉を用いているものが多い。これも混乱、混同を招く要因となっている。

現在では、知名度の向上に伴い、「由布院」と「湯布院」の使い分けについての理解もある程度進んでいるが、その一方で、平成の市町村合併によって旧湯布院町が「由布市湯布院町」となったために、由布市の中に旧湯布院町があり、旧湯布院町の中に由布院温泉があることになり、状況は一段と複雑になっている。また、最近は、「湯布院温泉」や「湯布院」の代わりに、「ゆふいん温泉」「ゆふいん」「Yufuin」というひらがなやアルファベットを用いた表記が用いられることが多くなったが(とりわけ由布院内においてなされている)、この表記は「由布院」なのか「湯布院」なのかという区別を一層曖昧にする結果を生んでいる。
ウィキペディアより

黒川温泉★熊本県

「にっぽんの温泉100選」

5 黒川温泉 熊本

黒川温泉(くろかわおんせん)は、熊本県阿蘇郡南小国町にある温泉である。




黒川温泉 瀬の本館 夢龍胆
ロビーから眺める日本庭園が自慢のお宿です。




黒川温泉 南城苑
黒川温泉街の中心に位置し静かなこじんまり宿。お夕食はお部屋でゆくり食事、温泉は源泉掛け流し!家族風呂や温泉顔蒸器も人気!




黒川温泉 旅館 壱の井
黒川温泉中心部から山手歩き7〜8分(230m)田園風景静かな宿 くつろぎの宿で至福の時をお過ごし下さい。




黒川温泉 里の湯 和らく
黒川温泉の閑静な森の中に佇む、全客室に源泉かけ流しのお風呂を備えた、囲炉裏の有る離れ形式の純和風旅館です。



温泉情報
所在地 熊本県阿蘇郡南小国町
泉質 硫黄泉
泉温 80 - 98 °C

旅館街
渓谷の両側に小規模の旅館が建ち並んでいる。その中心に旅館組合の事務所兼案内所があり、マップ等を配布している(駐車場あり)。温泉街としては、川の流れに沿って、東西に延伸しつつある。

基本的に全旅館に露天風呂があり、旅行者は「入湯手形」を購入することにより、ほぼすべての旅館にある露天風呂のうち3カ所まで選んで入浴することができる仕組みになっている。杉の木を利用した『手形』は旅館組合事務所で入手できる。


伝承
温泉としての歴史は古く、以下の伝説がある。

ある日、豊後国の甚吉という男は、瓜を盗んだことで首を刎ねられそうになったが、それを免れた。身代わりに信仰していた地蔵の首が刎ねられてしまう。そこで、村人はそれを甚吉地蔵として崇拝するようになった。ところが細川藩士の中にこの地蔵を持ち去ろうとした男がいた。だが、ある場所に辿り着くや、突如として地蔵が重くなり動かなくなる。男は諦め、地蔵をその場に放置すると、村人は岩場に奉祀することにした。すると、その岩の裂け目から湯が噴き出、村人の浴場となったという。このいで湯こそ黒川温泉の発祥であり、今も地蔵湯と地蔵の首が残っている。

ウィキペディアより

別府温泉★大分県

「にっぽんの温泉100選」

6 別府温泉 大分

府温泉(べっぷおんせん)は大分県別府市(旧国豊後国)にある温泉。




別府 亀の井ホテル
市街地に位置し観光の拠点として最適なリゾートホテル。




別府観海寺温泉 杉乃井ホテル
アミューズメントも充実の高台のスパ・リゾート




別府温泉 ホテル白菊
豊かな心と料理でおもてなし 明日への元気を貴方へ!癒しの空間を貴女へ! ホテル白菊はお客様をお待ちしています。




別府温泉 天寿荘
和風温泉旅館、食事処として料理に力を入れています。


温泉情報
交通アクセス アクセスの項を参照のこと
泉質 単純温泉、塩化物泉、硫黄泉など
湧出量 137,040KL(/日)



別府温泉
竹瓦温泉
駅前高等温泉別府温泉は、JR別府駅東側にあり別府を代表する温泉街。駅に近く交通の便がよい。単純泉、食塩泉、重曹泉、重炭酸土類泉など多数の温泉が湧き、各泉質に応じて効能がある。温泉街は別府八湯の中では最も歓楽的な要素が強く、夜になれば飲食店や風俗店のネオンが煌く。

地元民を対象とした町内会経営の共同浴場も多く、観光客も利用できる。その中のひとつ、別府駅近くの入母屋破風風の外観を持つ共同浴場『竹瓦温泉』では、温泉のほかに砂湯(温泉で温められた砂を体にかけてもらう)が楽しめる。竹瓦温泉と竹瓦小路木造アーケードは、「別府温泉関連遺産」として、2009年(平成21年)2月6日に近代化産業遺産に認定されている。



歴史
古代の「豊後国風土記」や「万葉集」には、現在の血の池地獄にあたる「赤湯の泉」や「玖倍理(くべり)湯の井」等についての記載があり、当時からこの地に温泉があることは広く知られていたが、荒地や沼地になっており、整備されていなかった。

別府温泉と柴石温泉は古くから湯治場として利用されていた。鉄輪温泉と浜脇温泉は鎌倉時代には湯治場があった。江戸時代には街道や船便が整備され、八湯での庶民の温泉湯治が一般的になった。また、湯治生活の必需品として炊事に用いる笊などの竹製品や、櫛などのつげ細工の生産がこれらの地域で盛んとなり、工芸品としても発達した別府竹細工は、1979年(昭和54年)通商産業大臣によって伝統工芸品に指定されている。

明治時代、油屋熊八により別府地獄めぐりなどが整備され、観光客を集めるようになった。また油屋熊八が温泉マークの発明者という説も存在している。

温泉都市として発達した別府市は1950年(昭和25年)に国際観光文化都市の第1号として国際観光温泉文化都市に指定され、鉄輪、明礬、柴石の各温泉は1985年(昭和60年)3月19日に国民保養温泉地に指定された。

戦後、鉄輪温泉の湯治場の数は減少傾向にあり、施設の老朽化も進んでいる。国民の余興と娯楽の多様化も原因の一つであるが、ボーリングによって各地に様々な温泉施設が誕生したことも影響する。しかしながらこれだけの温泉群が密集するのは、全国的にも珍しい地区であり、平成になって韓国などの日本国外からの利用客が増加し、そのかたわらで活性化を図るため、地域の豊富な資源や人材を活用した新しい模索や試みも行われている。
ウィキペディアより
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